楽しみを希う心(マイケル・ナイマン)

三月に舞台があります。

 

お友達のプロダンサーのなっちゃんと演劇者の篠ちゃんとで。

 

生きていたら辛い事どうにもならない事、落ち込む事、自分が嫌になる事、

 

どこかに逃げたくなる事。

 

それをダンスで表現したいってずっと想っていて。篠ちゃんにオファーし、現実的に舞台の脚本を作ってくれて

構成が出来上がってきた。

 

私となっちゃんはダンス、篠ちゃんは演劇で経験した朗読。

 

私となっちゃんで曲は何にしょうといろいろ悩んだけども

 

この曲で踊りたいと思っていた曲がある。

 

ルイ・ヴィトンCMで流れている曲。ピアノレッスンのテーマ曲。


www.youtube.com

無茶苦茶よくって、これで踊りたい。


www.youtube.com

 

しっとり踊り、最後は去年踊ったthis is me でフイナーレ。

 

ネットで調べて、CDを購入。もうすぐ家にくるはず。

 

でも、去年舞台の練習を無茶苦茶したので、足底筋膜炎になり、ダンサーやランナーがよくなる疾患。

 

歩くと痛み、テーピングで固定するが

私踊れるか不安。この足でバランス取れるか不安。。

 

いやでも踊りたい。

 

どうにかしてでも表現する。

 

舞台で立つ。

 

誰でも感じる心を表現したい。

 

この舞台をやりきったら、居場所作りを少しずつ型にして行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母の感触

母の葬儀が先週あり少しずつ、悲しみが押し寄せて自然に涙がでる。

 

通夜の朝、長女の姉が母に化粧をし、母はとてもきれかった。

f:id:otaka0903:20221225180015j:image

私も通夜まで仕事に行き、仕事に意識を集中させてた。

 

長男の弟が花が好きだった母の為に花一杯にしてくれる葬儀屋を選んでくれて

 

本当に嬉しかった。

 

通夜はみんなが集まって、明るく過ごして母の想い出を話したり

 

お通夜なのに、花が一杯なお通夜は明るい雰囲気で

 

私達は姉弟四人はこの母から産まれて幸せだった。f:id:otaka0903:20221225180447j:image

 

みんな夫婦仲良くできるのは、両親の仲の良さを見て育ち、

f:id:otaka0903:20221225180454j:image

自分達もそういう家庭を築きたいと思っていたから。

f:id:otaka0903:20221225180049j:image

母が出棺する時は本当に辛くて、

 

みんな泣き、父はずっと下を向いていた。

 

母は仏様になるとお坊さんは言うけども、

 

母は仏様なんかにならないと想う。

 

母は独自の世界で私達を見て、亡くなった母の母私のおばあちゃんに、甘えて、安心してるような気がする。

 

母を早くなくした母は辛かったと想うから、やっと娘に戻り甘えられる。

 

私も気持ちが本当に悲しかったけど、

 

親しくしている人とみんなと集まったり、

 

仕事もみんないい人で、支えてくれている。

 

仕事をしている時、何かをしている時は

 

気持ちが分散されているけども、

 

一人になった時、

 

悲しみが押し寄せる。

 

母の存在は大きくって、

 

時間は過ぎていくけど、

 

私には母の温かさの今でも感触がある。

 

弟の涙を見て、私も本当に辛かったけど、

 

喪主ので父を支え、

 

弟には感謝しかない。

f:id:otaka0903:20221225180059j:image

 

母の死

12月13日 母が亡くなった。

 

7年前にくも膜下出血で倒れ、父の願いで延命治療し、重度の障害で寝たきり、鼻腔栄養 気管切開。

 

自由にならない身体で言葉も話せない。でも母は何か想い、耳は聞こえていたと想う。

 

コロナが出るまでは月に一度は面会に行っていたけど、コロナが出てから面会出来ず、

 

会えたのは、二度程で、痩せていて身体も小さくなって、硬直もあり手は伸びなかった。

 

長い闘病生活で本当にしんどかったと思う。

 

眉間に皺を寄せてる時もあり苦痛の部分はあったと想う。

 

どんな形でもいてて欲しかったけど、母にとっては地獄だったと思う。

 

最後家族みんなそれぞれ声をかけて、

 

迷惑かけてごめん。心配させてごめん。よく長い間頑張ってくれてありがとう。

 

長男の弟が子供四人を育てて、お母さんの人生母素晴らしかった。と言った言葉に

 

家族みんな泣き、母に感謝しかなかった。

 

棺に母の好きだった品、奈良の名物、奈良漬とさつま焼きを入れた。

f:id:otaka0903:20221225054553j:image

母が元気だった頃にもう一度戻りたい。

舞台で気がつく事。

無事に舞台が終わって、踊りきったなとホッとした。

f:id:otaka0903:20221122014210j:imagef:id:otaka0903:20221122014215j:image

一曲目が終わったら 動悸がすごく、なっちゃんに踊れるかなって?聞きながら着替えて

f:id:otaka0903:20221122014228j:image

二曲目。でも曲が流れると踊れるようになる。なっちゃんとの曲は打ち合わせをスーパーで偶然あった時に二回程したぐらいで、動画で自分の踊りを送り、一緒に練習したのは一回だけで、ぶっつけ本番だった。

f:id:otaka0903:20221122014246j:image

いくつもバランスを崩したり、早く動いて曲と合わなくてなったりしたけど、

f:id:otaka0903:20221122014301j:image

 

無事に終わってよかった。

 

職場の人や家族が見に来てくれて本当に感謝しかなく

f:id:otaka0903:20221122014316j:image

子供の頃から舞台に立っていたけども

 

舞台に立つにはいろいろな人が動いてくれる事メーク、照明、音響の人、

 

感謝しなさいと言われて来て

 

今回も本当に感謝しかないって想う。

 

舞台が終わって、すぐは上手く踊れなかったと想ったけど、1日明けたら、じわじわと、自分の感情が

 

変わってきて私はフルで働きながら、空いた時間に振り付けを考えて練習して教えて

 

歳下の子を舞台に立たせてあげれる事ができ

 

私、よくやったって自分でよくやったよなって自分で初めて想えるようになって、

 

上手く踊れなかったと動画を見て想っていたけど、そんな事より私が頑張った。

 

そう思えた。

 

それと、本当に職場の方々には感謝しかない。

 

ここまで来る私の舞台への葛藤を知ってくれた人は

 

本当に喜んでくれていて

 

舞台が終わって

 

わかった事がある。

 

私は恵まれいる。人に恵まれいる。

 

一緒に踊ってくれるなっちゃんがいて

 

私の考えた踊りを踊ってくれるスタッフがいて

 

踊る事を理解してくれる家族がいて

f:id:otaka0903:20221122014354j:image

見に来てくれる人がいて、

f:id:otaka0903:20221122014505j:image

私は幸せなんだなって。

 

毎年、動画を撮ってくれる息子がいて

 

舞台は一人立てない事で、感謝する事。

 

毎回、舞台は本当にいろいろな事を教えられる。

 

来年もまた踊りたいと思う。

 

歳はとるけども

 

踊る事に年齢制限はなく、

 

衰えないように

 

維持すればいい。

 

なっちゃんといつまでも子育てしながら踊り続ける。

 

f:id:otaka0903:20221122020003j:image

 

舞台見に来て下さった方ありがとうございました。

本当に嬉しかったです。

f:id:otaka0903:20221122015345j:image

 

 

ダンスは言葉を持つべき。

明日 舞台の日になった。

f:id:otaka0903:20221120044305j:image

先週、歳下スタッフちゃんが舞台が初めてなので舞台のように

f:id:otaka0903:20221120044249j:image

大きい所で踊る練習をと体育館を借りた。


f:id:otaka0903:20221120021335j:image

我ながらすごい行動力だなって想うけど

 

人を舞台に立たす事は本当に簡単ではなく

 

振り付け指導、衣装全部、自分が決めていかないといけなくて

 

大変だった。

 

3歳から初めたバレエ、子供の頃は嫌で仕方なかった。

 

ずっと舞台にはわからないまま出て、舞台までは先生は怖く、

 

本番は舞台袖で、私達に泣いてガッツポーズを見せてくれ

 

先生は自分で自分にできる事は子供に教えたから後は子供達に任せてようって気持ちが子供ながらに伝わってきた。

 

先生は怖くて、今考えたら先生の気持ちがとてもわかる。

 

指導者として 生徒を舞台に立たすっていう事の大変さや想いをこの歳になって知った。

 

週5で働く私、仕事育児で一杯だけども、少しの時間をダンスの練習し、

 

体力つける為に朝は、走り、柔軟し、足も酷使してダンサーやランナーがなるように足底筋膜炎になり

 

痛い事もあるけども

 

それでも踊り続けたい。

 

事故にあった私は右足を引きずっていたらしく、脚が戻るように

 

母が心配して近所のバレエ教室に私を連れて行ったらしく、

 

母が習わせたバレエ。子供時、あの時嫌で仕方なかったけど、

 

今少しでも踊れるのは母のおかげで

 

母に感謝しかない。

 

自分の財産として歳をまたとっても歳相応に踊り続けたい

 

体力が落ちてもそれなりに踊り続けたい。

 

本番、上手くできるかわからないけど

 

私は頑張ってきた。

 

それでいい。

 

昨日なっちゃんから いつもダンス一緒に踊れて幸せとありがとうと

 

造花の花をくれた。

f:id:otaka0903:20221120021603j:image

嬉しくって、なっちゃんがいてるから私も楽しいし、いつまでも、一緒に踊って行こう。

 

ダンスは言葉を持つべきというダンサーの方がいて

 

舞台で私は身体で自分の想いを語れるように。

 

 

 

 

 

想像の中で感じるしかない。

お姑さんが亡くなって、もう五ヶ月。今でも信じれなくて、家に行ったらいてくれる気がする。

 

会いたい。会いたい。お姑さんに会いたい。

 

どんな時も一緒にいてくれて、私の喜びを一緒に喜んでくれて

 

悲しみ怒りはいつも心穏やかになれるように伝えてくれた。

 

私の一番の理解者で、男ばかりの我が家での唯一女同士だったお姑さん。

 

この前とても気持ちが落ち込んだ。いつもならお義母さん所に行こって。でもお姑さんはもういないんだった。

 

お義母さんなら、これをしたら喜んでくれるだろうなって。いろいろ考えるのが好きで幸せだった。

 

お義母さんの喜びは私の喜びだった。

 

いない。もういない。悲しい。寂しい。けど

 

こんな時は多分お義母さんならこう言ってくてるだろうなって。

 

想像の中でお義母さんを感じている。

 

歳をとるにつれ、悲しい事が増えていく。

 

心に穴が空き、風が通り過ぎ、私はなんだか空っぽだ。

 

今年の舞台も、見てほしかったし、一緒にいててほしかった。

 

 

 

舞台I can do it

舞台が来週に迫ってきた。

 

歳下スタッフさんが踊れそうな、振り付けを考える事と、

 

教える事で、必死だった。

 

自分の踊りは全然練習できず

 

踊れば想っていたより身体が滑らかに動けず、

f:id:otaka0903:20221112173149j:image

やばいと。お友達となっちゃんと一緒に踊るのに、合同練習もあまり出来ずで、

 

打ち合わせもあまりできず。

 

衣装もイメージが決まらず、これにしょうと決めても、なんだかしっくりこない。

 

いいなって想う衣装は動き辛く、足をあげたり開脚するので、長い衣装は足に絡まるから怖くてはけず、

 

悩み、だんだん考えるのが面倒くさくなって、

 

もう訳がわからなくなって

 

最終、やっぱりスタンダードのスパッツバレエの練習着みたいな衣装が地味なのが

 

一番動きやすいし、これにした。

f:id:otaka0903:20221112173129j:image

歳下スタッフちゃんには私の衣装を貸し、

 

何から何まで、自分で決めていかないとで進めていかないとで、舞台に立てない。

 

私はいったい、バタバタして何をしてるのかわからないけども、

 

やっぱり踊る事が好きで自分らしさ。

 

ここまで来たら踊りきるしかない。

 

舞台一週間前、

 

日常は何も変わらないけど、考えるとやっぱり毎回舞台は緊張する。

 

自分しか踊れない踊りをする、私ならできると自己暗示し、

 

 

私はただの介護士だけど

 

私ならできる

 

 

I can do it

 

私ならできる。